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ジョジョの奇妙な冒険は人間関係や壮大なストーリーや画風など芸術的な作品だと思いました。

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ジョジョの奇妙な冒険は芸術的な作品だ

ジョジョの奇妙な冒険とは、週刊少年ジャンプに掲載されていた漫画で、1986年から2004年の長きにわたって連載されたものです。

ウルトラジャンプにも2005年から連載されています。

ジョジョの奇妙な冒険の人気は凄まじく、単行本は実に100巻を越えています。

そして累計発行部数は9500万部を突破していて、日本のメディア芸術100選ではマンガ部門で2位に選出されています。

ここまでジョジョの奇妙な冒険が受けたのはその内容にあります。

仲間たちとの絆と共に強敵との死闘を繰り広げていて、人間賛歌を提唱しています。

また、個性的な表現方法とホラーサスペンス的な不気味さがミスマッチしていて、独自の世界観を構築しているのも人気の秘密です。

ジョジョの奇妙な冒険は、ジョースター一族と吸血鬼と化したディオとの闘いを描いています。

2世紀以上に渡って繰り広げる戦いは圧巻で、単独の人物を主人公としていない秀逸な構成になっています。

また、主人公が変わるだけでなく、作品の舞台やテーマも随時変化していくので読み手を飽きさせません。

作中、擬音とポーズが特徴的で、擬音はヘヴィメタルやホラー映画から踏襲しています。

ジョナサンジョースターとディオの対決

ジョナサンジョースターとは、ジョジョの奇妙な冒険の第一部に当たるファントムブラッドの主人公のことで、信念をもった英国紳士として活躍します。

逆境にあっても爆発的な力を発揮するジョナサンは、正義と善の象徴として描かれています。

ジョナサンは自分より他人のことを心配する紳士で、強い正義感を持っているのですが、そんなジョナサンの宿敵となるのがディオであり、彼は義理の兄弟であると共に奇妙な友人でもあるのです。

ジョナサンジョースターとディオの対決は見所で、吸血鬼となったディオに対してジョナサンは、ウィル・A・ツェペリから学んだ波紋の力を駆使することでその野望を打ち砕くのですが、最後はディオによって殺されてしまいます。

首から下の体を乗っ取られてしまうのです。

第1部では、主人公のジョナサンジョースターが10歳の時に宿敵となるディオが養子となります。

そしてディオが父を殺して吸血鬼へと変身し、幼馴染のエリナとの新婚旅行中に首だけで生きていたディオに体を乗っ取られるのです。

そこからジョースター家とディオの因縁の対決が始まるのです。

JOJOは第3部が面白い

JOJOこと「ジョジョの奇妙な冒険」は、荒木飛呂彦さんが描いている漫画です。

1987年から週間少年ジャンプで連載が始まり、2005年からはウルトラジャンプでの掲載に変わりましたが、現在も連載が続いている人気漫画でもあります。

ジョジョの奇妙な冒険には単独の主人公がいないお話で、主人公が変わるごとに部数が進んでいきますが、その中でも第三部、コミックスでは12巻〜28巻にあたる「スターダストクルセイダース(空条承太郎 ―未来への遺産―)」が面白いと評判になっています。

3部の舞台は1987年の日本から始まり、主人公の空条承太郎が突然悪霊に取りつかれます。

この悪霊が、精神エネルギーが具現化した「スタンド」というものです。

以降のジョジョに登場するスタンドが初めて登場したのが第三部です。

魅力的なキャラクターも多く、実はこの3部をアニメ化したかったために、1部と2部もアニメ化をしたとも言われている作品になっているんですよ。

ジョースター一家の因縁の宿敵ともいえるDIOと、ジョセフ・ジョースターの孫である空条承太郎とその仲間たちとのバトルが第3部の内容になっています。

ディオは本当にカリスマ性があるのか?

ジョジョの不思議な冒険に登場するディオ(DIO)には本当にカリスマ性があるのでしょうか?ディオは本名はディオ・ブランドーといい、容姿端麗、さらに相手を心酔させるようなオーラをもち、話術にもたけていると言われており、驚異的な能力も持っていると言わています。

上昇志向がとても強く、常に上を目指している野心家であり、さらに冷酷で支配することを生きがいとしているといいますが、このようなディオにカリスマ性があるのかという点はやや疑問に思っている人も多いですよね。

第三部では悪のカリスマにして帝王とさえていますが、確かに強引な手法や冷酷な手法というのは、ある意味のカリスマ性を産みだしていると考えることが出来ます。

ですが、結局のところディオのカリスマ性は陰のカリスマ性ということがえいます。

つまり、歪んだカリスマなんです。

悪役としてのカリスマ性は非常に高いものの、おそらくこれはディオが何かしらの理由で敗れてしまった場合には、すぐにそのカリスマ性が否定されてしまうのではないかと思います。

ディオが破れない限りカリスマであり続けることが出来るかもしれませんが、それでは真のカリスマとは言えないということになります。


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